世界一周ブログ -  アジア

帰国後

カテゴリー: ‘アジア’

  • 歌えや踊れ

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    世界一周初心者のヨメブログです。

    朝日と共に起きてみようと思ったら、それより前に窓の外からの子供たちの声で目が覚めた。
    来よったか~、そんな気はしてたんだよなぁ、日の出から遊ぶ気満々の子供たち。
    目を輝かせて私が起きてくるのを家の外で待ってる。
    うぅ、おばちゃんはまだ少し眠いですが、起きますよ、はい、起きますよ。

    朝起きたらそこは雲の上でした。思わず見とれる景色。

    早起き組は8人くらい。
    「ねー、テンプル行こう!」ということで眠気眼で山道を歩く。
    途中、「これ、チリ(唐辛子)食べたら辛いよ~、ほら」と食べるパフォーマンスを見せてくれたり
    「これはグァバの木。実を食べられるよ」と木に登って何個か実をとってくれたり、
    「あれは私のおばあちゃんの家、はーい、おばあちゃーん!」と叫んでおばあちゃんを呼び出したり。
    にぎやかさに目も覚めてきたころ、テンプルとよんでいた場所に着いた。
    石で囲われた中に村の神様の石が祀られていた。
    みんなが祈りに来ているしるしに赤い粉やオレンジの粉やマリーゴールドが飾られている。
    子どもたちに言われるままに手を合わせて、お祈りの言葉を私も復唱する。

    道々、子供たちがあちこちから花を摘んできては髪にさしてくれた。おかげですごく陽気な日本人の出来上がり(笑) この日はほぼ一日子供がカメラを撮っていたのでナイスショットもあればブレブレショットも多し。子供目線の写真は面白い。

    うちのおじいちゃん!ということでモニカちゃんが撮影。それにしても村を歩いていてもたくさんおじいちゃんやおじちゃんがいる。何人か奥さんがいたりするからたくさん親戚がいるのだ。

    テンプルを出るとどこで噂を聞きつけたのか、またもや新しい子供たちが増えている。
    また20人くらいに囲まれて、踊って攻撃。
    朝7:00から村の神様の目の前の丘でふらりふらりと舞う日本人。
    嬉々とした笑顔で見つめる村の子供たち。
    なんて平和な光景。

    踊りつかれて家に戻ろうと言うことになり、
    一緒に来た子供たちとサントス家を目指す。
    デンジャラスロードと子供たちが呼ぶ、来た道とは違ううっそうとした森を抜けるルート。
    細い小道、湿った岩々をを登って行く。
    トトロの世界みたいだ。
    突然視界が開けるとサントスの家の裏に出た。
    さすが、こんな裏道を知っているなんて。

    朝7時に丘の上での舞い(笑) 私とラクシュミーちゃん。私のかめらで子供たちが踊りの写真もたくさん撮ってくれてました。

    ちょっと疲れたので、子どもたちの踊って攻撃から身をかわすため
    お隣の英語もちょっと話せる20代のお姉さんの家でバッファローミルクをいただきながら話をする。
    …でも、子供たちも離れずにずっと1メートルの距離で私たちの会話を見守ってる(^^ゞ
    リラックスできましぇん(笑)
    このまっすぐなまでの興味がうれしくもある。

    ミルクが飲み終わるが早いか、「遊びに行こう」と言う。
    大人たちが気遣って「遊びはまたあとで!」とぴしゃりと言うと、
    おとなしくなったかに見えた、が、口パクで私だけに見える位置で
    「遊ぼう!あっちに行こう!」とジェスチャーしてくる(笑)
    しばらく見て見ぬふりをするも、うーん、根負け(^^ゞ

    結局、連れだって女の子たちの家めぐりへ。
    それぞれの家で家の中と家族を紹介していただき、
    チャイや食べ物を出していただいてごちそうになりながら話したりダンスしたり。
    次から次へとお家をはしご。
    どの家族もあたたかく迎えてくれて、チャイをたくさんいただいた。

    子供がしてくれたメイクのまま畑から取ってきた夕飯のえんどう豆の中身を取り出す作業をお手伝い。

    村にはお湯のシャワーはないので、湧水を桶に貯めて日中の日で常温になったところで
    昼間の温かいうちに体と頭を洗う。
    体を洗った女の子はメイクを始めた。
    目の周りをぐるりと黒く縁どる。ネパール女性のメイクだ。
    ネパールの女の子は生まれて半年の儀式で左の鼻と両耳にピアスの穴をあける。
    だからみんな小さいうちから金色のピアスが光ってファッショナブル。
    一番なついてくれていたモニカは私にメイクをしてくれるという。
    慣れた手つきでアイラインをかいてくれて、特別に口紅もぬってくれるみたい。
    でもモニカの家には口紅がなくて、三菱鉛筆の赤色鉛筆の芯のところをつばで濡らして
    少し柔らかくして唇に塗りつけてくれた。
    メイク用じゃないから、ちょっと痛い…。
    この村での子供のトクベツメイクをしてもらって、庭の花を頭にさしてもらって、
    見た目も心もうかれぽんちな私。
    子どもたちは本当に楽しそう。私もそれはそれは楽しそう。

    今宵も歌えや踊れの宴がサントス家の前で開催された。
    男の子たちは「ドラマ」なる演劇を見せてくれた。
    内容はカンフーのような戦いごっこ。
    3歳の子から14歳までの少年が入り乱れて敵と味方に分かれて蹴ったり飛んだり。
    みんな片手バク転ができるから迫力満点。
    最後は誰かが勝利してほかのみんなはやられて倒れる。
    3歳の子もほとんど失敗するんだけど果敢にバク転をしてみせる。
    年齢関係なく全員が一緒に遊んでる。村ではみんなが強いきずなで結ばれてる“仲間”だ。

    女の子たちには影絵を教えたり、アルプスいちまんじゃくの手遊びを教えたりして遊んだ。
    私は明日の朝6:00にこの村を出発してカトマンズに戻る。
    今夜寝たら、明日の朝バイバイをするだけになってしまう。
    ちょっと切ない村の夜。

    はにかみ屋の女の子。シリアスな表情が魅力的な子でした。

  • うんちで家掃除

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    世界一周初心者のヨメブログです。

    銀色の甕は水入れ。湧水汲んできて溜めておきます。銀色のお皿で食事をいただきます。この土でできた床を拭き掃除したのですが…。

    山の村での生活初日の夜。
    お隣のお母さんが夕食を一緒に作ってくれた。
    私はサントスとかと一緒にご飯を一番にいただいちゃったけど、
    本当は女性はご飯を食べるのは最後。

    ご飯を作って、男たちにおかわりを継ぎに回って、男たちが食べ終わったら
    最後に台所のすぐ横でお母さん(女性)がご飯を食べます。
    食べ終わったらかならず台所兼リビングの床を水と雑巾代わりの粘土質のもので拭き掃除。
    ご飯を食べ終わって、お母さんが床掃除を始めたので
    「私にもやらせて」と変わってみたのはいいものの、ム、ムズカシイ…。
    水を適量まいた床に、ネチョネチョした粘土みたいな雑巾代わりのものを這わせる。
    水の量が多かったのか、こすったら土の床を一部はがしちゃった…。
    ごめんなさーい!!!
    ケラケラ笑われながら、こりゃまずいと思い、おかあさんに選手交代。
    で、「手のにおいをかいでみな」と言われて嗅いでみるとかすかに臭い?
    「その粘土みたいなのは牛の糞だよ」
    うそーん、牛の糞100%??
    知らなかった、めっちゃ手でこねまくっちゃった(^^ゞ
    水と混ぜると吸着力もましてご飯粒やほこりをしっかり掃除できるみたい。
    うむ、人生初体験、牛の糞にぎってしまった。

    村の女性は偉大だ。毎朝と夕飯後に家中を掃除する。私の隣のおばあちゃんは78歳。ずっと村で育ってきた。村には動物と人間の両方を診られるお医者さん(?)がいるけど、病院や薬はそろってない。おばあちゃんは年のせいでたまに足が痛んで辛いんだそう。でもパワフルなんだな。

    ご飯は土でできたかまどで鉄製のボールや鍋を使って作る。
    食器は庭で雑草やトウモロコシの皮を使って、灰を石鹸代わりに磨き上げる。
    水は貴重なので一皿洗った水は二皿目にも活用。仕上げ流しはきれいな水で。
    洗いあがった食器は部屋の床の上か、庭の雑草の上で乾かす。

    ここは電気がないのでろうそくの灯かりの元、サントスは1年ぶりに戻ってきたという村で、
    村中から集まった親戚や友人たちとわいわいおしゃべり。
    日没しちゃうとまだ8時だけど一気にあたりが夜になる。
    何にも見えないし、踊りつかれてもいたので
    夕飯をいただいてそのまま2階の部屋で寝ることにします。

    日の出は朝6:00くらいらしい。
    朝日と共に起きてみよう。

    薪で調理して、その灰を石鹸代わりに食器を洗う。スポンジは乾燥させたトウモロコシの皮。使いおわったらそこらへんにポンと投げて自然へかえす。

  • ネパールの山の上の村でホームステイ

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    世界一周初心者のヨメブログです。

    山道をずんずん歩く。私、歩くの遅いからしんがり。

    今日からサントスの育った山の上にある電気も水道もガスもない村に
    泊まりに行かせてもらう。
    カトマンズのサントスの自宅から歩くこと30分で大通りへ。
    大通りで50分待って、バスをつかまえて2時間揺られて山の麓へ。
    ほったて小屋みたいな八百屋で分度器を使って天秤により重さを量って野菜購入。
    同じくほったて小屋みたいな屋台レストランで昼食。
    さて、ここから山を一つ越えて、もう一つの山の上が目指す村。
    歩きますよ~~。

    一つ山を越えたところで幅15メートルくらいの川。靴脱いでズボン捲し上げて、流されないように手をつないで、さあ、川を渡ります。アドベンチャー!

    山のふもとの八百屋さん。大きな天秤で野菜の重さを量って購入。明日からの野菜は村の畑からだけど、今夜の夕食分の野菜はここで調達。荷物に入れて村まで運びます。

    この旅でてから本当によく歩くようになった。
    数時間歩くことが気持ちいいと思えるようになった。
    日本にいたときは電車とタクシーに頼りっきりだったから、
    1時間以上歩くってことめったになかったもん。

    滑りやすいと言われているオールスターのスニーカーだけど
    私はこれでいいのだ。これで歩いてみせるのだ。
    ごっつい登山靴買っちゃうと街中で履けないじゃない?
    それに、一緒に歩いてるサントスの妹のアンジューと姪っ子のエリッサは
    レギンスにサンダルという出で立ち。
    彼女たちより10歳年上ですが、負けてられません!
    登り始めて1時間、汗もだくだくで息も切れるころからなんだかアドレナリンが出て、
    妙に気持ちよくなって同じテンポで歩き続けたくなる。

    山道の途中にあった小学校の前で。デジカメに興味津々の男の子。いい笑顔!

    たまに木陰で休憩。
    ネパールの人は即席ラーメンをよく食べる。
    お湯がなくてもおかし代わりにベビースター、いやラーメンバー並みにぼりぼりと食べる。
    基本は朝ごはんは食べずに11時ころにお昼ご飯、
    3時に軽いごはん(ここで即席ラーメンがよく登場する)
    夜8:00ころにたくさんの夕ご飯を食べる。
    木陰でも即席ラーメンをくだいて、調味料を入れてまぜてぼりぼりと。

    3時間半歩いたところで村の入り口に到着。
    入口のおうちで歓迎で出してもらったラッシーみたいな牛乳を発行させた冷たい飲み物、
    すっごくありがたいしおいしかったんだけど、おなかのことを考えると
    怖さもあって、大半残させてもらった。
    申し訳なくて心が痛む。ゴメンナサイ。

    村の家ではたいていバッファローと山羊を飼っている。バッファローは大切な栄養源のミルク。山羊はたまにいただきます。

    どこからともなく子供が集まってきて、
    気づいたら歩いてる私と手をつないできた。
    外国人の女性がめずらしいのかもしれない。
    あっという間に村の子供たちに取り囲まれて、
    走り出す子供たちに手を引っ張られるままムコたちとはぐれて見知らぬお宅へ。
    「ナマステ。どうも…。」
    「こっちがお母さんでこっちがお父さん。私のおうちなの」嬉しそうな笑顔の女の子。
    遠くで私を呼ぶ声。そら、探すわな。
    まだ何か話したそうな女の子に「メロナム マキ ホ」と名前を伝えると
    「あとで遊びに行くよ、マキ」とのこと。
    (ちなみにたまに単語の英語は混じるもののほとんどネパール語なのでなんとなく理解、です)

    ここが村での私たちの家。サントスが生まれ育った築100年以上の土の家。

    彼女の家から1分くらいのところにサントスの育った家があった。
    1年前に家族中、おじいちゃんもおばあちゃんもカトマンズの町に引っ越してきちゃったから
    今は空き家のサントスの家。
    土台は石、そのほかは土でできてる築100年以上の大切にされてきたお家。

    あの家に外国人が来てるよ、という噂は小さな村ではすぐに広まったらしく、
    30分後には大勢の子供たちがサントス家の前に集合。およそ20人くらい。
    みんな自分たちの名前を教えてくれて、「踊ってよ」という。
    踊る??
    日本人にとっては慣れない行為だが、村の子供たちにとっては遊びの一環で自然なこと。
    「見本を見せてよ」というと手拍子とともに歌をみんなで歌って数人が踊ってくれた。
    みんなケラケラ、にこにこ、最高に楽しそうに踊る。
    「じゃあ、次はマキとダイチの番」ということで、
    見よう見まねで踊ってみたけど、そんなにうまく腰とか手首とか動かないよ~。
    変な日本人の踊りを見せてしまいました…。

    踊る日本人。これはまだ踊り始めで元気なころ(笑)

    太鼓も加わり歌と踊りの宴は熱を増していく。

    誰かが家から太鼓を持ってきて、太鼓のリズムも加わって、踊り大会は続いていく。
    踊り始めは夕方だったのに気づいたら周りは真っ暗でひとつの懐中電灯の明かりの元、
    みんなで歌い踊り続ける。
    日本の歌を教えてよ、というのでキャンプファイアーを思い出して輪唱のできる『大きな歌』と
    ネパールでも今放映されている『ドラえもん』のオープニング曲を披露した。
    そのほかにも『上を向いて歩こう』とか『森のくまさん』とかムコと二人で熱唱した。
    でも、日本の歌ってゆったりで踊れないよね、ごめんね。
    日本の踊り、ということで『東京音頭』も歌いながら披露。
    子どもたちもウェルカムの歌を歌ってくれた。
    英語ができる14歳のロションによると「この村に来てくれてありがとう。歓迎するよジャパニーズ」って意味らしい。
    踊って踊って攻撃と日本の歌歌って攻撃にあいながら、3時間。
    子どもたちはまだまだパワフルだったけど、夕飯の時間です。
    「明日の朝またね」とみんなそれぞれ自分の家へ帰って行きました。

    ヘトヘトの31歳(^^ゞ
    これはすごい日々が始まりそうです。

    山歩きの途中で出会った子供。

  • カトマンズでホームステイ生活

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    世界一周初心者のヨメブログです。

    インドのデリーから飛行機で1時間半、お隣のネパールへ。
    向かったのはネパールの首都カトマンズ。

    カトマンズの町。商店や路上八百屋が並んで活気に満ちてる。人もみんな親切。

    ここでは地元の方のお宅にホームステイさせていただく。
    経緯は、私の弟が5年前に一人旅でカトマンズへ。
    そこで土産物屋の店主と友達になり、今でも親交が続いている。
    その友達の家に今回お世話にならせていただくのだ。
    つまり、初めましての夫婦がいきなり自宅に泊めてもらうという
    なんとも厚かましいお話(^^ゞ

    事前にメールで連絡を取り合い、彼のお店で対面をすることに。
    カトマンズのタメール地区と言うお土産物屋やホテルが並ぶ賑わっている地域に
    お店はある。でも、住所はない(笑)
    『タメールの中のストゥーパ(仏塔)を目指してやってきて。その近くにお店があるから。』
    とのこと。
    タクシーのお兄ちゃんもストゥーパはどこにあるか知らないそうなので町に着いたら徒歩で探す。
    タクシーを降りて、道々、20メートル進んでは人に尋ねながら歩く。
    ネパール、みんな親切。
    仕事の手を休めて、丁寧に教えてくれる。
    いろんな人に助けられながら歩くこと10分、あった、ストゥーパ!
    高さ2メートル強。小さいっ!これは地元の人しか知らないわ~。
    お店を発見して中にいた店主に声をかけると、笑顔で迎えてくれた。
    彼の名はサントス。年は31歳で同じだけど、学年は1こ下。
    彼の原チャリにバックパックごと乗っけてもらい、5分で彼の自宅へ。

    これはかなり大きいストゥーパ。モンキーテンプルにて。

    まだ新築だという彼の家は4人兄弟の家族が全員住んでいて、お父さんお母さん、
    おばあちゃんおじいちゃんもいる12人の大家族。あとペットの屋外犬、1匹。
    となりの家には伯母や伯父が住んでいるので、リビングに全員が集まると
    20人ちょっと。すごい大家族。
    典型的なネパールの暮らしを体験させてもらう。
    シャワーは水。トイレは水洗でしゃがむ形式で水道の水でおしりを洗うタイプ。
    靴は玄関で脱いで裸足でペタペタコンクリート張りの廊下も
    絨毯のひかれた部屋も移動する。
    洗濯は屋上で大きな桶を使って手洗い。
    キッチンはコンロが3つに電気ケトル。小さな冷蔵庫がひとつ。
    たいていの野菜は常温でテーブルの上に保管。
    水道水は飲用に最適ではないので一度煮沸するかろか機を通してから飲む。
    ご飯は大きな銀の皿にお米とカレー風味のおかずが3種類くらい乗っていて、
    ダルスープと呼ばれる塩味の豆スープをかけて右手でいただく。

    サントスの2歳の男の子とおばとおばあちゃんと。みんないつもにこにこ。言葉は通じないけどかまわずジェスチャーとヒンズー語で話しかけてくれる。それでも何を言ってるか分かっちゃうもんなんだな。

    新鮮。
    こうやって一歩生活に踏み込んだ世界を見せていただけるのは
    本当に貴重な体験。
    ここではお客様じゃなくて、一緒に生活する人として滞在したかったから
    料理も洗濯も犬の餌やりも家族だんらんの会話にも全部参加させてもらう。
    いつでも家族は笑って、いいよ、やってみな、って言ってくれる。

    ネパールでは既婚女性は赤いものを身に着ける。
    サリー(一枚布でできた洋服)もネックレスもブレスレットもおでこに着けるティカ(印)も
    生え際に入れる赤い粉を使った印も、ネイルも、口紅も。
    これが全部そろって、既婚女性の装い。
    「牧は結婚してるのになんで赤くないのだ?」と言われ、
    女性陣によるメイクアップ指導がスタート。
    アイラインも上下にバッチリ入れる。
    リキッドアイライナーの後にペンシルアイライナー。下まつげの内側も黒く塗る。
    メイクされてたら、隣の部屋、隣の家からも日本人の変身を見ようと続々女性が集まってきた。
    6人くらいに見守られ、ひとつひとつが完成するたびに「おー」という声が上がる中でのメイク。
    鏡を見せてもらえないから、自分がどうなってるのか…。
    女性陣はさらにヒートアップして、自分たちのサリーやらサンダルやらブレスレットやらを
    それぞれのタンスから持ってきてくれて大着替え大会へ。
    サントスの奥さんが結婚後に着ていた赤いサリーを貸していただき、
    おばあちゃんが結婚時におじいちゃんからもらったという赤いビーズのネックレスを貸してもらう。
    ギャー、みんなの大切なものだらけで怖くて身動きとれないよー。

    こんな衣装、モーニング娘。踊って以来です。。おでこのティカ(赤い印)を出さなきゃだめなので前髪があるのはNG。ピンであげられちゃってでこっぱち。

    サリーを着せもらってムコがいる男性陣の部屋や生まれて1週間の赤ちゃんがいる部屋を
    楽しそうな女性陣に囲まれながら歩いて見せて回る。そして写真大会(笑)
    「牧、これでやっとネパーリーだよ。goodだよ」と褒めたたえてくれる女性陣。
    ネパーリーの一員、家族の一員にちょっとなれた気がして、うれしい初日の夜。

    さて、このあとサントスの生まれ育った電気も水道もガスもない山の中の
    小さな村で滞在させてもらいます。

    *旅メモ*
    デリー~カトマンズ LCCのspice jetでひとり片道4250インドルピー

  • 絶対に負けられない戦いが、そこにはある。インド鉄道。

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    世界一周初心者のヨメブログです。

    ブッダガヤの路上のシール屋さん。傘の内側にシールが並べてあって、おじさんはたまにこれを以て移動しながらシールを売り歩く。2枚買って4ルピー(6円)だった。購入の様子を撮ろうとカメラを取り出したら周りにいたお客とお店のおじさんがカメラ目線でポーズ。いやいや、あなたたちを撮ろうと思ったんじゃないんですけど。。

    ブッダガヤを後にして、いざインド鉄道で首都デリーへ!
    ガヤ駅からニューデリー駅までは速い列車でも11時間かかる。

    日中移動だと丸1日潰れちゃうから、夜行列車を選んだ。
    宿代も1日浮くしね。
    夜22:54ガヤ駅発のクーラーと食事つきの寝台列車を予約。
    超貧乏バックパッカー旅なら迷わず地元の人と同じクーラーなしの
    座席車両なんだろうけど、辛いのイヤなの(*^^)v

    インドの鉄道は夜中もバンバン走ってる。
    3時発とか4時発とかもざらで、みんな駅や駅まわりの道路にごろーんと寝転がって
    列車の時間を待ってる。
    だから駅にたどり着くまで、寝てる人を踏まないように気を付けながら
    寝てる人と人の隙間を歩いてかなきゃならない。

    インド鉄道の駅構内掲示。いやいや、全く読めません。だいたいこの時刻通りに電車動いてないし。

    やっと駅にたどり着くも、電光掲示板に私たちの乗る列車の表示がない。
    インドの鉄道はわかりにくいことでも有名。
    各国からの旅行者も多いはずなのに、駅構内に英語の表示一切なし。
    アナウンスもすべてヒンズー語。
    何番線で待っていればいいのか分からない。
    こういう時は聞くに限る。
    駅員のオフィスに行ってチケットを見せて確認すると「4番線だ」とのこと。
    ホームを移動しているともう一つオフィスを発見。
    念のため、別の駅員さんにも再確認。「1番線だ」とのこと。
    え?え?駅員さんの言ってる場所がそれぞれ違う?どっちが正解?
    ホームにいた信頼できそうなおじさまに聞いてみると「3番線だ」だって。

    デターーーーー!!!インド!!
    ホームは全部で5番線まである。
    うろうろ移動したり聞いたりしてたから列車の発車時刻まであと10分しかない。
    どうしよう…。
    もう、自分でなんとかするしかないっ!
    とりあえず列車が入ってきたらダッシュでそのホームまで駆け込み、
    その列車の車体に書かれた行先と列車番号を自分の目で確かめる、という方法に。
    いまホームに列車が停まってるのはとりあえず3番線のみ。
    3番線へGO! ホーム入口に駅員がいたから私たちの列車か聞いてみると、
    「わからないなぁ、あっちの駅員室で聞いてきて」だって。
    駅員室に行ってもわからないから困ってるんじゃい!
    ホームに立っててこの列車かどうか分からないはないでしょうよ!
    実際に、自分の目で電車の車体を確かめてみると、どうやら行先が違う様子。

    そんなこんなであたふたしてるうちに発車時刻を過ぎてしまった。
    でも、電車は来ない。
    これはインド鉄道あるあるの「遅れてる」という状況だろう。
    ネットや本で遅れるのは日常茶飯事だと見た。
    投稿には15時間遅れてやって来た、というものまであった。
    私の弟の体験談でも14時間で到着する予定が36時間かかって到着した、と言っていた。
    じゃあ、いったいどのくらい遅れてるのか?
    15時間ものあいだ列車が入ってくるたびホームに駆けつけるなんてできない~!
    ホームにもなんの案内もないし、一体どうやってインド人はホームが分かってるんだろう?

    昼間のホーム。表示が全くなくてわからない。IT先進国なんだから、電光掲示板くらいつくっておくれ。

    電光掲示板に新たに表示が出てないか、とか、
    駅員さんにもう一度確認に行ってみよう、とか
    あ、4番線に電車が来た、確認ダッシュ!とかやってたら、もうへとへと。
    しかもなぜか4番線の隅からもくもくと煙が立ち上ってて周辺は目も開けられないほどの煙さ。
    だれかがこんな夜中にごみを燃やすたき火をしてるみたい。
    もう、なんなんだよぅ!

    結局、何度も確認して、ふたりの駅員さんが「4番線にこのあと来る」と同じことを
    言ったので、これを信じて待つことに。
    ホームにいた身なりのいいおじさんにも確認すると、たしかに4番線でいいらしい。
    ただ、同じくニューデリーに行くおじさんの乗る列車もまだ来ていないらしく、
    私たちの列車はさらにあと。
    数本列車を見送った後、おじさんは自分の列車がやってきてニューデリーへと旅立っていった。
    同じニューデリーに行くのに、この列車には乗れないなんて。
    頼りになるおじさんがいなくなり、あとどのくらい待てばいいのか途方に暮れる。

    ちょっと冒険してみたいと思って選んだインド鉄道移動。
    こりゃ、期待に応えてくれすぎるてる。
    結局、1時間近く遅れて待っていた4番線に列車がやってきて、無事に乗車。
    乗っちゃえばクーラー聞いてるし、シーツも枕もあるし、ベットだから横になれるし、
    コンセントプラグもついてるし、これ、快適。

    朝にはチャイセットやご飯も配布され、1時間の遅れも取り戻して
    予定より少し早くニューデリーに到着。

    インド鉄道、こりゃ名物になるわけだ。